大阪府寝屋川市が生んだ国民的お笑いコンビ「FUJIWARA(フジワラ)」。ツッコミの藤本敏史(フジモン)さんと、ボケで一発ギャグを連発する原西孝幸さんの二人組です。テレビで二人を見るたびに「二人はどこの学校出身なの?」「地元・寝屋川のどのあたりで育ったの?」「あの伝説の一発ギャグはどうやって生まれたの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。この記事では、寝屋川出身の有名人としても知られるFUJIWARAの二人について、出身小学校・出身中学校といった学歴情報から、コンビ結成の経緯、そして誰もが知る代表ギャグまで、まとめて詳しくご紹介します。寝屋川市の地元ネタとしても楽しめる内容になっていますので、ぜひ最後までお付き合いください。
■ 寝屋川出身のお笑いコンビ「FUJIWARA」とは?基本プロフィール
FUJIWARAは、吉本興業に所属するお笑いコンビです。結成は1989年4月、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校8期生というキャリアのスタートでした。最大の特徴は、藤本敏史さんと原西孝幸さんの二人がそろって大阪府寝屋川市出身であるという点です。同じ街で生まれ育った同い年の二人が、高校の同級生としてコンビを組み、そのまま30年以上にわたって第一線で活躍し続けている——これは寝屋川市にとって大きな誇りといえるでしょう。
コンビ名の由来はとてもシンプルで、藤本の「藤」と原西の「原」を合わせたもの。結成当初は漢字表記の「藤原」でしたが、のちにローマ字表記の「FUJIWARA」へと変わりました。名付け親は当時の吉本興業の関係者だったと伝えられています。
役割分担は明確です。藤本敏史さんがツッコミとネタ作りを担当し、原西孝幸さんがボケとギャグ作りを担当。ただし藤本さんはツッコミでありながら、テンションの高さと声の大きさで自らボケることも多く、トーク番組では二人そろって場をかき回すスタイルが持ち味です。原西さんが演じる一発ギャグは原西さん自身が考案しており、それが藤本さんの書いたネタの中に組み込まれることもあります。コントでは歌やリズムの要素を取り入れた作品が多いのも、FUJIWARAらしさといえるでしょう。
生年月日を見ると、藤本敏史さんは1970年生まれ、原西孝幸さんは1971年3月5日生まれ。学年としては同じ年度にあたるため、二人は正真正銘の同級生です。愛称は藤本さんが「フジモン」、原西さんが「はらにっちゃん」「ラリーゴ」など。近年は原西さんが「原西ゴリラ」としてバラエティ番組に登場することでもおなじみですね。
■ FUJIWARA藤本敏史(フジモン)の出身小学校・中学校
出身小学校は「寝屋川市立第五小学校」
藤本敏史さんの出身小学校は、地元・寝屋川市内の公立校である寝屋川市立第五小学校とされています。1977年に入学し、1983年に卒業したという流れです。家族構成は両親と兄・姉の5人家族で、藤本さんは3人きょうだいの末っ子。末っ子らしい人懐っこさと、人を笑わせることが大好きな性格は、この頃からすでに発揮されていたようです。
小学生時代の藤本さんは野球に打ち込み、当時の夢はプロ野球選手だったと語られています。同時に大のテレビっ子でもあり、特撮ものやアニメを分け隔てなく視聴。とりわけザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」がお気に入りで、志村けんさんのファンだったといいます。学校でもドリフのギャグを披露してクラスの人気者になっていたというエピソードは、のちのお笑い芸人・フジモン誕生の原点を感じさせます。ちなみに寝屋川市立第五小学校は、俳優の奥野壮さんなど他の著名人の出身校としても名前が挙がる学校です。
出身中学校は「寝屋川市立第六中学校」
小学校卒業後、藤本敏史さんは1983年に寝屋川市立第六中学校へ入学し、1986年に卒業しています。寝屋川市成田町にある公立中学校で、自宅から近い学区の学校に進学した形です。
中学時代の藤本さんは陸上部に所属し、中距離・長距離を担当。800メートル走では大阪府大会で4位に入賞した実績を持つ、れっきとしたスポーツ少年でした。本人が後年明かしたところによると、当時の中学校では大会で好成績を残すと朝礼で表彰される仕組みがあり、「女子にモテたい」という一心で部活動を猛烈に頑張っていたのだとか。面白いことよりもスポーツができることのほうがモテる、という現実に気づいていたあたりが実に人間くさく、フジモンらしい話です。
なお、お笑いへの情熱もこの時期にさらに加速します。中学生の藤本さんが夢中になっていたのは、ビートたけしさんや明石家さんまさんが出演していた「オレたちひょうきん族」。ドリフから、ひょうきん族へ。少年時代に浴びるように吸収したお笑いの記憶が、のちの芸風の土台になっていったと考えられます。
ちなみに、過去のテレビ番組で藤本さんの出身中学校が「東寝屋川中学校」と紹介されたことがありましたが、寝屋川市にその名称の中学校は存在しません。出身高校である東寝屋川高校と取り違えられたものと見られており、正しくは寝屋川市立第六中学校です。ネット上には誤情報も残っているため、注意したいポイントですね。
高校は「大阪府立東寝屋川高等学校」(現・北かわち皐が丘高等学校)
中学卒業後、藤本敏史さんは1986年に大阪府立東寝屋川高等学校の普通科へ進学し、1989年に卒業しています。この東寝屋川高校こそが、FUJIWARA誕生の舞台となる場所です。なお同校は2010年4月に大阪府立四條畷北高等学校と統合され、現在は大阪府立北かわち皐が丘高等学校となっています。校舎は東寝屋川高校のものが引き続き使われており、寝屋川市の教育史を語るうえでも欠かせない存在です。
藤本さんは高校卒業後、大学へは進学せず、1989年に吉本総合芸能学院(NSC)へ入校。プロのお笑い芸人になるという道を、迷いなく選び取りました。高校時代にはすでに「お笑いで食べていく」と決意していたといわれています。
■ FUJIWARA原西孝幸の出身小学校・中学校
小学校時代は平泳ぎで関西新記録を出したスポーツ万能少年
原西孝幸さんも藤本さんと同じく大阪府寝屋川市の出身です。出身小学校については寝屋川市立梅が丘小学校ではないかとする情報が見られますが、本人が公式に明言した記録は多くなく、諸説ある点はご承知おきください。一方で、小学生時代のエピソードははっきりと残っています。
原西さんは幼稚園の頃から体操・剣道・水泳などを習っており、抜群の運動神経の持ち主でした。とりわけ水泳の実力は本格的で、小学2年生のときに大阪府の少年水泳大会の50メートル平泳ぎで大会新記録、小学3年生のときには平泳ぎで関西新記録を打ち立てたと伝えられています。一発ギャグを披露するときのあの躍動感あふれる全身の動き、そして「原西ゴリラ」と呼ばれるほどのフィジカルは、寝屋川の少年時代に鍛え上げられたものだったわけです。
出身中学校は「寝屋川市立第四中学校」
原西孝幸さんの出身中学校は、地元寝屋川市内の公立校である寝屋川市立第四中学校です。相方の藤本敏史さんは第六中学校ですから、同じ寝屋川市内で育ちながら、小学校も中学校も別々。二人が出会うのはもう少し先のことになります。
中学時代の原西さんは、いつも仲良し3人組で行動する少年でした。当時の将来の夢はお笑い芸人ではなく、なんと体育教師。幼少期から体操、剣道、水泳、バスケットボール、ラグビーとさまざまなスポーツに親しんできた原西さんらしい夢だといえます。もし人生の歯車が少しずれていたら、私たちは寝屋川のどこかの学校で笛を吹く原西先生に出会っていたのかもしれません。
高校3年で藤本敏史と同じクラスに——運命の出会い
中学卒業後、原西孝幸さんも大阪府立東寝屋川高等学校(現・北かわち皐が丘高等学校)へ進学します。高校ではバスケットボール部に所属。そして高校3年生のときに、初めて藤本敏史さんと同じクラスになりました。これがFUJIWARA誕生の決定的な瞬間です。寝屋川市内の別々の小学校・中学校で育った二人が、市内の同じ高校の、同じ教室でようやく出会う。ご当地エピソードとしてこれ以上ないドラマチックな展開ではないでしょうか。
原西さんは高校卒業後、奈良大学文学部地理学科に進学しましたが、のちに中退。お笑いの道へと本格的に舵を切ることになります。
■ 寝屋川の高校からNSCへ FUJIWARA結成とブレイクまでの道のり
1989年4月、二人はコンビ「藤原」を結成し、NSC大阪校8期生としてキャリアをスタートさせます。同期には千原兄弟らがおり、非常にレベルの高い世代でした。
当初の温度差は意外なものでした。藤本さんが芸人として本気で勝負しようと燃えていた一方、原西さんはややサークル感覚で養成所に通っていた時期もあり、藤本さんがイライラしていたというエピソードが語られています。それでも二人はすぐに頭角を現し、1991年には吉本興業の若手有望株を集めたユニット「吉本印天然素材」の結成メンバーに抜擢されました。
ユニットの活動にともなって上京しますが、天然素材の活動停止後は仕事が激減。コンビ解散や引退を真剣に考えた時期もあったといいます。そんな矢先、関西の番組出演をきっかけに再ブレイクへの足掛かりをつかみ、以降は関西・全国を問わずバラエティ番組の常連となっていきました。地上波のレギュラー番組がゼロだった時期を自虐ネタにして笑いに変えていた姿勢も、多くのファンに愛された理由でしょう。
なお藤本敏史さんは2023年10月に交通事故を起こして芸能活動を自粛しましたが、2024年2月に活動を再開し、現在は再びテレビやライブで活躍しています。
■ FUJIWARAの代表ギャグを徹底紹介
原西孝幸の一発ギャグは自称「1兆個」
FUJIWARAの代表ギャグといえば、やはり原西孝幸さんの一発ギャグです。バラエティ番組で披露される一発ギャグの数は、本人いわく「1兆個」。もちろん誇張ではありますが、実際に原西さんは同じギャグを繰り返すのではなく、次々と新作を生み出し続けるスタイルを貫いています。この発想力こそが原西孝幸という芸人の最大の武器です。
躍動する全身、派手な顔芸、そしてよく通る大きな声。この三点セットで繰り出される一発ギャグは、言葉の意味を超えて笑いを生み出します。「なるほど、なるほど、なるほどな」のような言葉遊び系から、「手手手手!手手手!てーてー」のようなリズムと動きで押し切るタイプまで、バリエーションは実に豊富。ちなみに後者は、SMAPの草彅剛さんがテレビ番組で「あれ好きなんですよ」と語ったことで改めて注目を集めたギャグでもあります。
伝説の映像「原西ギャグ大全」
原西さんのギャグを語るうえで外せないのが、2007年3月7日に発売されたDVD『FUJIWARA』に収録された特典映像「原西ギャグ大全」です。真っ白な背景の前で、全身黒タイツ姿の原西さんがひたすら淡々とギャグを繰り出し続けるという、シュールきわまりない映像。これがのちに動画サイトへ転載されて大きな話題となり、音MADの素材として爆発的に使われるようになりました。テレビ世代だけでなく、ネット世代にも「原西孝幸」の名を刻み込んだ、まさに伝説のコンテンツです。
プリキュア好きが高じて生まれた「キュアゴリラ」
原西さんは、娘さんと一緒に見ているうちに『プリキュアシリーズ』の大ファンになったことでも知られています。2012年5月27日放送の『スマイルプリキュア!』では、FUJIWARAの二人が本人役でゲスト出演し声優デビュー。ここで原西さんが放った「キュアゴリラ」の名乗り口上は大きな反響を呼びました。娘さんから「ゴリラ」と呼ばれているという私生活のエピソードとも見事につながる、原西さんならではの代表ギャグです。
藤本敏史(フジモン)の代表フレーズ
一方、ツッコミ担当の藤本敏史さんにも、世に広まった名フレーズがあります。代表的なのが「宮迫さんのせいですよ」。『雨上がり決死隊』解散に関する番組で藤本さんが号泣しながら発した言葉が、その後バラエティ番組で定番のギャグとして使われるようになり、2021年度の『アメトーーク!』流行語大賞で2位にランクインするまでになりました。
さらに、美容家のIKKOさんの代名詞として知られる「どんだけ〜」も、もとをたどれば藤本さんが番組企画で取り上げたことが広まるきっかけだったと伝えられています。自分のギャグを流行らせるだけでなく、他人のフレーズまで世に送り出してしまう——ツッコミでありながら常に場の中心にいるフジモンらしい逸話です。
■ 寝屋川市とFUJIWARAの深いつながり
寝屋川市出身の有名人を語るとき、FUJIWARAの二人は必ずといっていいほど名前が挙がる存在です。かつて放送されていた関西の人気番組『吉本超合金』では「寝屋川縦断原西クイズ」といった地元密着型の企画が行われるなど、二人は自身の出身地である寝屋川を積極的にネタにしてきました。地元の商店街や学校、駅前の風景がテレビに映るたび、寝屋川市民が沸いたことは想像に難くありません。
また、二人の母校である大阪府立東寝屋川高等学校(現・北かわち皐が丘高等学校)は、地元の人にとっては「FUJIWARAの母校」としてすっかり定着しています。京阪本線・JR学研都市線が通るアクセスの良さと、大阪特有のノリのよい土地柄。この二つが重なった寝屋川市は、お笑い芸人が育つのに適した環境だったのかもしれません。
寝屋川といえば、寝屋川公園、成田山不動尊(大阪別院明王院)、香里園エリアの住宅街など、見どころも豊富な街です。FUJIWARAゆかりの地をたどる「聖地巡礼」的な散歩をしてみると、いつもの通学路や商店街が少し違って見えてくるはずです。
■ よくある質問(FAQ)
Q1.FUJIWARAの二人はどこの出身ですか? A.藤本敏史さん・原西孝幸さんともに大阪府寝屋川市の出身です。
Q2.藤本敏史さんの出身小学校・中学校は? A.出身小学校は寝屋川市立第五小学校、出身中学校は寝屋川市立第六中学校とされています。
Q3.原西孝幸さんの出身小学校・中学校は? A.出身中学校は寝屋川市立第四中学校です。出身小学校は寝屋川市立梅が丘小学校とする情報がありますが、確定的な公式発表は見当たらないため参考情報としてご覧ください。
Q4.二人はいつ知り合ったのですか? A.大阪府立東寝屋川高等学校(現・北かわち皐が丘高等学校)の3年生で同じクラスになったのが出会いです。
Q5.FUJIWARAの代表ギャグは? A.原西孝幸さんの一発ギャグ全般(自称1兆個)が代表格で、「原西ギャグ大全」や「キュアゴリラ」が特に有名です。藤本敏史さんは「宮迫さんのせいですよ」などのフレーズで知られています。
■ まとめ
寝屋川出身のお笑いコンビFUJIWARAについて、藤本敏史さんの出身小学校・寝屋川市立第五小学校と出身中学校・寝屋川市立第六中学校、原西孝幸さんの出身中学校・寝屋川市立第四中学校、そして二人が出会った大阪府立東寝屋川高等学校(現・北かわち皐が丘高等学校)という学歴の流れを追ってきました。
寝屋川市内の別々の小学校・中学校で、それぞれ野球少年・水泳少年として育った二人が、高校3年の教室で出会い、1989年にコンビを結成。低迷期を乗り越えて、いまや誰もが知る国民的コンビとなりました。原西孝幸さんの一発ギャグも、藤本敏史さんの切れ味鋭いツッコミも、その原点は間違いなく寝屋川での少年時代にあります。
テレビでFUJIWARAを見かけたら、ぜひ「この人たち、寝屋川の第五小・第六中と第四中から始まったんだよな」と思い出してみてください。地元・寝屋川がもっと好きになるはずです。
※本記事の学歴情報は、報道・テレビ番組・公開情報をもとにまとめたものです。特に出身小学校については公式発表が確認できないものも含まれるため、参考情報としてご覧ください。
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